言志耋録260条 為政者の心得

知好楽

2020年02月20日 08:37

人事には、外変ぜずして内変ずる者之れ有り。名変ぜずして実変ずる者之れ有り。政に従う者は、宜しく名に因りて以てその実を責め、外に就きて以て諸れを内に求むべし。可なり。

【筆者意訳】人間社会の物事は、外見は変わらないが内面が変化しているものがある。また名目は変わらないが実質は変化しているものもある。政務を行う者は、名目を頼りにしつつその実質を把握し、外面だけでなく内面がどうなっているかをつかまなければならない。

【ひとこと】外面と内面、名目と実質との違いをしっかりとつかんで、正しい判断をしなければならないという教えですね。特に政治家について一斎が言及しているのは、それだけ政治上の判断は難しく、誤るとその影響が大きいからなのでしょう。

亡くなられた元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏は、在任時は、難民避難所にとにかく足を運んだそうです。彼女は”現場に行かなければ実情は分からない。現場に行ってこそわかることがある。”と語っておられました。国連といえば、世界を俯瞰して判断する組織、つまり世界の頭ですから、事務所に居て、入ってくる情報を元に判断することも可能であったでしょうが、自ら現場に立って感じる肌感覚を大切にしたのだと思います。ですから各国から評価される成果も残されたのではないでしょうか。

翻って国内政治。例えば福島原発の汚染水処理は、何らの決定がなされないまま貯水タンクが増え続け、増設余地も限界に近づいています。現地の漁業関係者は、風評被害の再来を恐れて海中放出に反対しています。しかし科学的にはトリチウム(三重水素)は海水の中にも存在するものであり、現実的に既存の原発も海水放出しているものです。おそらく唯一現実的方法と思われる海中放出を拒んでいるのは、国及び東京電力に対する現地の漁業関係者の不信感なのでしょう。それを解消する鍵は、両者のトップが現地に足を運び、膝詰めで話しあうことだと思うのですが、それをやっている節は伺えません。いまだに後を引いている諫早湾の水門問題、沖縄の辺野古基地移設問題も然りです。

政治が立てた方針(=名目)は、それが大所高所から判断されたものであるほど、現場の実情からかけ離れたものになります。それを調整して合意点を見つけていくのが政治の宿命である以上、現場の実態を把握することは、最も心掛ければならないことだと言えるでしょう。

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